TECHTILE展 : documented by n.d.
documented by n.d. として評論活動を始めた方より、
先日Kギャラリーで行ったTECHTILE展について、
文章をお送りいただいたので掲載します。
Document #001
Re: TECHTILE展 #03 触覚のリアリティ2010/2/26-2/28 (3 days) @K-Gallary
Text
TECHTILE展 No.3 の地平
イギリス経験論を突き詰めた哲学者のバークリーは、次の言葉に行き着いた。
「存在するとは、知覚されることである」(ジョージ・バークリー)
知覚のなかでも、とりわけ、触知は人間にとって独自の強度を持った感覚として体験される。ヘレン・ケラーは、水に触れることを通して水を知覚し、言葉を獲得するきっかけを掴んだ。しかし、触知は、まさに触覚に基づくために、目に見える形にはなりにくい。テレビ番組などで触覚の感覚を視聴者に伝えようとしても難しいだろう。デザインの領域で、ややもすれば視覚が優先し、触覚領域への取り組みが目立ってこなかったのは、人類の文化、とりわけ西欧文明のなかでの視覚の優位性に呼応し、ビジュアルアーツとしての傾向が強かったことと無関係ではないだろう。
しかし、21世紀に入って、たとえばタッチを基本にしたIPhoneのユーザインターフェイスの浸透に特徴的に見られるように触覚の重要性が高まるなかで、デザインは触覚の領域を視野に入れて新たな可能性を切り開きつつあるように思われる。
TECHTILE展 No.3は、こうしたデザインの流れにシンクロした展覧会として注目すべき試みであった。いや、より正確に言うと、VR研究などの先端テクノロジー領域で地道に行われてきた触覚の研究の進展が、デザイン領域に触れる形でシンクロし始めたということが実体に近いのかもしれない。この動きにデザインサイドがどのように切り込み、人間と世界との関係を築く新たなアイデアを提供できるのか...そうした次のステップが朧げながら見えてきた。つまり、触覚を巡るテクノロジーとデザインのミーティングポイントの一端を明確に取り出してみせた展覧会であった。
個々の展示物の詳細についてはHP(http://www.techtile.org/2009/techtile.html)をご覧いただくとして、展覧会の構成全体について見ておこう。先端技術での取り組みは、触感的な感覚のシミュレーションを電子的に表現するものが中心であった。たとえば、鉛筆削りの感触を表現した「Addictive Handle(電気通信大学)」。現在は、独自の触感的体験の再現の技術ではあるが、さまざまな触覚的振動を電子的に再現できることを示したこの技術は、将来的に、たとえば電気自動車における路面情報をドライバーにどのような形でハンドルを介して触覚的にフィードバックするのかという重要なアイデアに展開できるのかもしれない。こうした先端技術領域の作品がこの展示の中心であるが、それとともに、物作りの領域で先駆的に行われてきた「布の見本帳」(カトーテック株式会社)なども展示されており、触覚の問題をデジタル/アナログあるいは先端・伝統という枠組みを超えた視点で捉えることで、この領域の広がりを見せてくれた点は評価すべきであろう。そして展示場自体に、この展覧会に相応しいデザインの試みがなされていた。アルミホイルによって西麻布の街のテクスチャーを収集し、そのアルミホイルで会場の空間を覆い込むという形で、触覚に関わるデザインの磁場を切り開いていた(NOSIGNER のプロジェクト)。空間の場所ごとに設定されたサウンドインスタレーション「imitated beach/environment inn」(サウンドスケープデザイン 高橋琢哉)は、このアルミホイルに覆われた空間に仮想の奥行きと広がりを演出し、場内を移動する際に観覧者に単なる心地よさだげではない不思議な耳触り感覚を与えていた。
アート(Art)の語源はラテン語で「Ars」。この言葉は、もともと両義的で、技術でもあり芸術でもあった。20世紀になりアートとテクノロジーの関係が問われるなかで、その新たな融合を目指すデザイン運動が沸き起こった...未来派、バウハウス、構成主義...。テクタイル展は、21世紀において、こうしたアートとテクノロジーが触れ合う新たな現象を浮き彫りにして見せてくれたという意味でも重要である。そこから、実験室レベルでの先端テクノロジーとそれを社会的な存在にしていくことに関わるデザインのそれぞれの立場の違いというものも同時に見えてきた。両者は、触覚というテーマについて共振し、互いの領域を越境しながら、新たな次元を切り開いていくのではないか...そんな予感に満ちた展示であった。さらに、触覚のデザインという領域にとどまらず、先端技術とデザインがいかにして融合し、新たな生活環境を作って行くことができるのかという視点から見ても意義のあるプロジェクトであった。
documented by n.d.